我が母校
最近、砂川市内では各小学校の閉校記念事業の話題が多いです。来年4月に小中一貫の義務教育学校「砂川学園」が開校になって、今ある5つの小学校、1つの中学校が閉校になるから。
こんな話ばかり聞いているので、何となく昔を懐かしんで私の卒業した学校に行ってみようと思いました。
私の新入学はお相撲さんが日常歩いている両国国技館の近くの両国小学校。1年生の時に転校して卒業は池之上小学校でした。
世田谷区の代沢という所で井の頭線の池の上駅の近くの学校でした。
私の通っている頃はこんな校舎ではありませんでした。調べてみると昨年、敷地内に新築校舎で開校したとのこと。
この日は日曜日でしたが校門が開いていました。土曜、日曜はグランド開放が行われているようで、子ども達や親子連れが遊んでいます。
上の左の写真は外から入れるトイレ。グランド開放の時も使えますね。そして、右は校舎の敷地内にあるサザエさんの壁画です。もちろん、私が通っている頃はありませんでしたし、ネットで検索してみても理由が分かりません。私が毎日のごとく行っていた「金鳥」という駄菓子屋さんはありませんでした。
続いて、中学校です。世田谷区立富士中学校といいます。私の実家から5分もかからない距離でした。
こちらは耐震化などされていますが、校舎や体育館の姿は同じように思えます。なぜ、「富士中」と名前が付いたのか通っている時から疑問でしたが、今も不思議です。多分、ここから富士山がよく見えたのではないかと思われます。
もう60年以上も昔のことですが、私の場合は新校舎になったり耐震化されていても小中学校の記憶をたどることができました。
砂川の場合、小学校も中学校も地図上の呼び名が無くなってしまうって、大事件ですよね。