駅前から歩いてみました。

今朝は蒸し暑いと思っていたら、午後から雨降りとなりました。

さて、6月議会の「おぐろ 弘 市議会だより 第89号」を持っての街回りも最終段階となりまして、新庁舎建設や今後の街づくりを考えるうえでも、駅前から改めて歩いてみました。

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砂川駅を降りるとまず、このような景色です。

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最初の交差点の横断歩道の真ん中から写しました。正面に見えるのが火事で焼けた「グランドパチンコ」とその右の建物は北海道銀行です。建物がなければ、樺戸連山とピンネシリが望める角度です。

この道路は短いのですが北海道が維持管理する「道道」。左右は空き店舗が目立ちます。

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国道12号線の交差点に着きました。市立病院や市役所は北海道銀行の角、水色の車の方に曲がる不思議なクランクの主要道路です。仮に北海道銀行が無くなると道路は直線になりますネ。

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クランクを曲がって「病院通り」に入って来ました。撮影したのは7月6日のお昼頃ですので人通りが無いですネ。市立病院や市役所に向かう砂川市のメイン通りですが、左側には銀行を利用する人々が路上駐車をして狭くなる道路です。

また、かつて木を大切にする市長の頃は見事な緑のトンネルとなる道路でしたが、今は、かなり街路樹の剪定が強く行われていて、どちらが良かったのか考えるところです。

ここからは樺戸連山が少し見えます。

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「病院を核にした街づくり 砂川」を象徴する砂川市立病院が右側に見えてきます。

冬になるとこの道路の両側の歩道は、国道12号線から市立病院の終わりまでロードヒーティングで路面が出ています。写真には写っていませんが、右側にバスターミナルではありませんが、待合所がある「砂川市立病院前」というバス停留所があります。

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右に見えるのが市立病院。左側は精神科と健診センターが入る「南館」で本館と南館は、正面に見える通路で繋がっています。私が写していた時は、もっと賑わっているように感じていましたが、本当に人が歩いていませんネ。皆さん、お昼ご飯を食べているのでしょう。

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右奥に見えるのは砂川市役所で、現在、新庁舎建設のための検討審議会が設置され、どのような新庁舎にするのか話し合われています。

道路の突き当り、緑の壁は石狩川の堤防です。

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新庁舎の建設場所にやって来ました。基本構想の段階では右側の木々が植わっている狭い公園(庭園)に5階建ての建物が建つような配置図が示されていました。

現在、審議会は基本計画(案)策定の話し合いに入っていますが、先日の第7回 審議会」(私のHPにリンク)では、左側のたくさん車が駐車している市有地、現在は市立病院の職員駐車場になている所も建設場所として検討されることになっています。

〈私なりのまとめ〉

私が議員になってからの20数年でいろいろな施策が打たれて来ました。砂川市は国道12号線を中心に南北に発展した「ふんどし町」と言われて来ました。

周辺の産炭地も疲弊し、隆盛を極めた東洋高圧工業北海道工業所(現・北海道三井化学)も規模が大幅に縮小されています。

私が接した中川、菊谷市長時代も砂川を東西に膨らみを持たせたいと考えておられました。その結果、かつては「駅裏」と言われていた駅東部は見違えるような状態になっているのです。

市立病院も現在地に建設した。それは中心市街地の核とするため。駅東部開発は「街なかに歩いて行ける街づくり」がメインテーマになった。

当面の間、最後の大型公共施設建設となる「砂川市役所」は石狩川の堤防のすぐ側に決定した。

交流センター「ゆう」→自由通路→駅前→銀行・郵便局→バスターミナル→市立病院→新市役所と繋がる、このラインをどうにかしなければならないと私は思うのです。

「砂川市庁舎建設検討審議会」は基本構想の答申書に異例の「付帯意見」を付けました。そこには『審議会では、中心市街地の活性化は重要な問題であるという共通認識のもと、「パーラーグランド」周辺の駅前地区は、まちの顔というべき場所であることから、行政機能を含めた公共・公益施設の整備などによる活性化に資する利活用の検討を求めます。(一部抜粋)』とあります。

今回、改めて駅前から写真を撮りながら歩いてみました。私は駅前から見える景色を変えたいと思います。

市役所新庁舎建設を考えるのと同時に「付帯意見」、それを受けたと思われる「総務部の懸案事項 駅前地区の活性化に資する利活用の検討について」は同時に進行してこそ、今後の中心市街地のど真ん中の青写真が描けると思うのです。

それは、当然、新庁舎と公民館・図書館との関係、社会福祉協議会、保健センター、地域包括支援センターとの関係にも繋がる話です。